今回は、大好きな作家さん さとうみつろうさんの本をご紹介します。
(ちなみに私は “読んだ” のではなく、Audibleで聴いてます)
さとうみつろうさんって、人がより良く生きられる方法を、道徳的に語るのではなく、科学的な視点から面白く・分かりやすく 説明してくれるので大好き。
本書では、この世の仕組みを詳しく説明したり、より心が楽になる考え方が提案されています。一度には理解できない、壮大で深い 最高の一冊です。
ぜひ読んで(聴いて)みてほしいと、強くお勧めしたい!
きっと、あなたの価値観もガラガラ崩壊し、人生観が変わると思います。
以下、私がこの本から学んだことや感じたことをいくつかピックアップして書きます。
正しさを疑え!
本書のコンセプトは、「正しさを疑え」です。
人が苦しむただ一つの理由は、「こうあるべき」「⚪︎⚪︎すべき」という、私たちが保持する “正しさ” のせいなのだと。
ここでの登場人物「悪魔」は、主人公みつろうの持っている ”正しさ” を疑わせるため、
囁いてきます。(つまり、いいやつです)
社会の正しさを疑うだけでは、まだまださ。外側じゃない、全ては内側だ。すでに抱え込んでしまったもの、すでに自分が正しいと思い込んでしまったもの、それらを真っ先に疑ってみろ。
自分が頑なに信じている正しさを疑った瞬間から、あなたの価値観は、柔軟性を取り戻すのだから。
私も、自分が持つ”正しさ”で、無意識に自分を苦しめてしまうことがよくあります。
例えば、対人関係において、(本当はこうしたいな)という思いがあるのに、
「和を保つべき」という、勝手に抱えた ”正しさ” から、自分のしたいことを言わないことが、昔はよくありました。
結果、その物事が嫌になったり、その場にいた人が嫌になったり。
別に「⚪︎⚪︎したいです」って私が言っていれば、みんな普通に「どうぞ」ってなってたかもしれない。勝手に何か/誰かを悪者にしているのは自分なんだよね。
今は日々、自分の「こうしたい」を、まずは自分自身がキャッチすること、そして人に伝える練習をしています。
でもそうすることで、”正しさを抱えた誰か” から「いや、それって違うんじゃないの?」って言われることもあります。
そういう時、誰かの”正しさ”に擦り合わせるのではなく、自分の信念に基づいて行動しています。だって、”誰か”が私の人生の責任をとってくれるわけじゃないのだから。
所有はマボロシ
物語の中で、主人公みつろうの大学の友人、カデルというキャラクターがでてきます。
(レゲエが好きな、重要な役割のキャラです)
彼が教えてくれるジャマイカの歴史の話、それに付随する白人と黒人の闘いの話、レゲエやボブマーリー、ラスタ思想の話が、非常に興味深いものでした。
白人が土地を制圧する時、「ここは俺らのものだ!」みたいな感じで ”奪いにくる” のだけど、「所有」という概念がない先住民たちは、訳がわからなかった、という話がありました。
土地を人間が手に入れるなんて、狂気の沙汰だよ。目を閉じて、イメージしてみろ。大きな大きな大地が広がっている。アフリカでもいい、大きな大地だ。
その大地の上に、人間が一人、現れた。さあ、どうやれば人間よりも大きな土地を、人間が、手に入れられるのだ?土地の上に、人間が乗っているんだぞ。
それなのに貴様らは、「土地を、私が、手に入れた」という。不思議でたまらんよ。
確かに。
実はこれ、私も「地主」という言葉を知った時に、抱いた違和感でした。
人間が土地を本当の意味で所有できないのと同じように、人も、物も、私たちは何一つ所有することはできないのだ。
だから逆にいうと、本当の意味で「失う」こともない、ということ。
この概念は私にとって衝撃でした。自分はこれは持っていて、あれは持っていない、と
普通に思っていたので・・。
だからこそ、私の目の前に存在してくれている人や物に、ありがたさが湧いてきた。
何一つ、私のものにはできない。そこに今、存在してくれているだけ、ということだから。
今のこの瞬間を大切にしたいとより強く思った。
ブランコの法則
ブランコは、前と後ろに揺れて遊ぶものです。”前がいい”もないし、”後ろはダメだ”もないですよね。
それと同じで、人生で起こる「ポジティブな出来事」も、「ネガティブな出来事」も、「右」と「左」のようなもので、そこに優劣はない。極から極への移動なだけだと、悪魔は説きます。
”短い棒があったから、長い棒だったと言える。軽い棒があるから、「あぁ私は重い棒だったのか」と分かる。細い棒があるから、自分の太さが分かる。
だから不幸は、貴様ら人間のために発生しているのさ。貴様ら人間が、幸せを願ったから、その願いを叶えるために、システム的に、不幸が必要となり、発生する。”
なるほど、理解できます。
幼い頃、コーンスープが好きだった私に、祖母が毎週土曜日の昼、コーンスープをお昼ごはんに出してくれました。しかしそれが続くと、小学校高学年になる頃には飽きてしまい、むしろ嫌いになってしまいました。(ちなみに今は普通に好きです)
大好きな何かは、大嫌いになる弾みを溜め込んでいる。悪魔はそう言いますが、確かにそう。
でもそれが分かっているから、その気分や状況が一過性のものとして捉えることができる。
「嫌い」になった時に、投げ出すこともない。(自分に言い聞かせてますw)
逆に、嫌いな何かは、大好きになる弾みを溜め込んでいる、ということでもある。
そういう経験、ありませんか?😊私はあります。
すべてはその瞬間に起きていること。いろんな経験を、ブランコに乗るもののように楽しめる自分でありたいと願うのでした。
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他にも素晴らしい教えがぎゅっと凝縮されていて、とてもじゃないですが書ききれません!
興味を持たれた方には、ぜひ読んでみてほしいです◎